花 火   side 卍丸

 

実はその手紙を出すのにも、随分勇気が要ったんだ。

 

「高山祭り?」

いつものように俺の所に顔を出したイチが、俺の言葉に大きく頷いた。

「そうですよ、大将。今年の高山祭りはどうするんですか?

宿屋の清吉も、大将の為に一番良い席を用意するって張り切ってますよ!」

もうそんな時期になったのか。そういや暗黒ランが火多に生えたのも高山祭りの日だったな。

 

俺たち四人の旅が終わって数ヶ月。

絹は両親と一緒に大江山に帰り、極楽は奥さんと一緒に暮らしている。

カブキは京の北座で役者になって、今や北座の看板役者だ。

俺はといえば、当たり前のように火多の白川村に帰り

暗黒ランなんて咲く前のごくごく普通の生活に戻っていた。

昔の問題児は何処へやら、旅から戻った俺は、白川村一の働き手になっていた。

 

俺は仕事の手を休めずイチの話を聞きながら、暗黒ランが高山に生えた日の事を思い出していた。

その頃の俺は、イチ、禄、ハチを従えて、高山一の宿屋の息子

清吉に用意させた桟敷で高山祭りを見物するのが常だった。

祭りと言えば喧嘩ばかりで、高山祭りでも随分暴れたなあ、と何だか遠い昔のように思い出す。

「そうだな、高山祭りにはもちろん行くけど、今年は清吉の宿にはいかないよ。

それに、今年はイチ達三人で行って来いよ」

俺は畑一面刈り取った草を、手早くまとめつつイチに言った。

「えーっ!そんなの。大将がいない祭りなんてつまらないですよ」

案の定口を尖らせてイチは不満を言う。

「あのなあ。俺はもうお前たちの大将でも何でもないよ。

勿論イチ達は俺の大事な弟分だし

困った事があったら何でもしてやりたいって思ってる。ホントだよ。

ただ、何時までも俺に頼ってないで、これからはお前が皆の面倒を見てやるんだ。イチ。」

イチは賢い子だ。俺の中身は変っていなくても、

住む世界が少しずつ変ってきているのを悟ってくれるはずだ。

つまりはこれが大人になるっていう事なんだろう。

「……わかりました」

イチは寂しそうに、だがしかし生真面目に顔を引き締めて立ち上がった。

そうだ。火多のガキ大将はお前に譲ったよ。

俺はにっこり笑ってイチを送り出した。

 

「高山祭りかあ」

毎年賑やかに祭りに繰り出していたのだが、さて急に何の当てもなくなり拍子抜けしてしまった。

まあ、一人ふらりと覗きに行くのも悪くないんだけど、と思ったところでふと思い至った。

……誘ってみようか、カブキを。

 

高山祭りはかなり大きな祭りだ。

以前カブキに様子を話したら、一度覗いてみてえなんて言っていた。根っからのお祭り男なんだろうな。

それに、カブキとはもう数ヶ月顔を合わせていない。

北座は、ジパング有数の人気一座で、そこの看板役者であるカブキの人気ぶりは

白川村みたいな田舎にまで届いている。

北座に入った頃のカブキはまだそう売れっ子でもなかったので、ちょくちょく白川村まで顔を出しては

イチや禄、ハチ達とも何だか賑やかにやっていたものだった。

それが今や押すも押されぬ人気役者だ。三人も「あのカブキさんがねえ」と少し寂しそうに首を捻っている。

そうなるとそうそう、白川村まで顔を出す暇なんて無くなってくる。

実は俺は、一度だけ北座までカブキの公演を見に行った事があるんだ。

北座は凄い人出だった。それが皆、カブキを観に集まった観客だと知って俺は心底驚いた。

やがてカブキが姿を見せると、辺りは黄色い声援に包まれた。

カブキは、さも当たり前とでも言うように悠然とその中を歩いていく。

俺はとてもじゃないが声を掛けられず、そのまま黙って白川村へ帰って来た。

それ以来北座へは行っていない。

あれはカブキが望んでいた世界。カブキは役者の夢を叶えたんだ。

俺はそれを喜んでやらなきゃいけない。

ただ、あの時のカブキの横顔は、俺の知らない何だか遠い世界の人に見えて、

喜んでやらなきゃいけないハズなのに、俺は無性にそれが寂しかったんだ。

カブキはそれでも公演の合間を縫っては、骨休めと言って白川村に顔を出してくれた。

その時冗談交じりに、顔を見せないどころか便りも寄越さなネェ薄情な奴だと責められた。

尤もだとは思うけど、便りなんて余計な事まで書いてしまいそうで出せる訳が無い。

結局俺はガキでめんどくさい奴だと、カブキに疎まれるのが嫌なんだろうな。

あれ、俺、こんなに弱い奴だったか。

 

そんな訳で、カブキの新しい公演が始まって以来のここ数ヶ月

顔も合わせない状態が続いている。

俺が北座に行けば良い訳だが、又あの歓声に包まれるカブキを見るのは胸が痛かった。

かと言って何もないのに白川村に呼びつけるのにも気がひける。

高山祭りはカブキに便りを出すいいきっかけなんじゃないか?

しかしカブキの舞台が詰まっているのは承知しているし、日程だって決まってるんだろう。

余り期待しない方がいいかもな、と思いつつ、近況報告と、もしその日が暇なら

高山祭りを観に来ないかとだけ手短に書いて便りを出した。

カブキからの返事は驚くほど早かった。

あっさりと当日祭りに行くから、待ち合わせの場所を指定しろと書いてある。

……俺、興行の事とか良く判んないけど、こんな適当な感じで舞台とか大丈夫なのか?

でも俺が言い出した事だし、やっぱり数ヶ月ぶりにカブキに逢えるのは素直に嬉しい。

そこで白川村ではなく高山の、山車の出発地点で落ち合うようにカブキに返事を出した。

 

今年はカブキを高山祭りに案内すると母ちゃんに言ったら、

じゃあ、浴衣を新調しようと母ちゃんが言うので、何だか気恥ずかしくなって

「別に新調なんてしなくてもいい」って言ったんだけど、

お前そのままの格好でカブキさんを案内する気かと笑われた。

きっとあのカブキさんなら、祭りに垢抜けた格好で来る気に決まってる。

お前も引き立て役になりたくないなら、洒落た格好はしなくて良いけど

せめて浴衣くらいはキチンと着なさいよといなされた。

そんなもんなのかな、とは思ったけど、とりあえず引き立て役は嫌だったので

母ちゃんの言うとおりにする事にした。

妙に母ちゃんが張り切って俺の浴衣を仕立ててるみたいなのでそう言ったら

ずっとこんな風に支度してやりたかったのに、お前ときたら子分を引き連れて喧嘩ばかりで

浴衣だの支度だのそんな場合じゃなかったとぼやかれた。

……余計な事言わなきゃ良かった……

 

高山祭りの当日、俺は用意された浴衣を着て待ち合わせ場所に向かった。

カブキとまともに話をするのも久しぶりだ。

売れっ子役者になってるんだ。もし中身まで変っていたらどうしようとか

そんな不安までこみ上げてくる。

指定の山車の出発地点について辺りを見回すと、遠くからでも直ぐカブキを見つけることが出来た。

カブキは白地に、白波の模様が入った着物を着流しており、青い髪はいつものように高く結い上げてあった。

衿や袖口から覗く襦袢は、赤だ。相変わらず派手だなあ。

カブキの着ている着物は確かに派手だし、着付けも少し崩してある。

だけど、不思議と下品じゃなく、着崩し方も上手い感じに外している。

俺には絶対出来ない着方だな、と、

母ちゃんに用意された浴衣をただ着てきただけの自分をちょっと引け目に感じてしまう。

俺の不安なんて何処吹く風で、カブキはいつもと変わりない様子で

道行く女性にひらひら手なんか振っている。

嬉しさ半分、面白くない気持ち半分で、俺はいつものような軽口でカブキに声を掛けることにした。

「……相変わらずだね。カブキ。顔がだらしなく伸びてるよ」

「何だと!手前卍丸、お前が生意気にこの俺様を待たせやがるか……」

カブキもいつものように、威勢のいい啖呵を返してくる

と、思った。……のに。

な、何だろう、

カブキは目を丸くしながらしげしげと俺を眺めている。

それから面白そうに目を細めると

「へぇ……」

と言って今度は俺を頭のてっぺんからつま先まで見回した。

「へ…ヘンかな…?今日、カブキと高山祭りに行くって言ったら母ちゃんが用意してくれたんだけど…」

やっぱり俺の格好、普通過ぎてつまんなかったのかな。落ち着かなくてつい顔が俯く。

「イヤ、ヘンじゃねえよ。まっ、俺様が連れて歩くにゃあ及第点だな」

カブキらしい言い方に安堵する。良かった。とりあえずは引き立て役にはならずに済みそうだ。

 

いよいよ各町から山車が大通りへと動き出す。高山祭りの始まりだ。

山車の周りを昔の装束を着た社中たちが大勢行列を組んで行進する。

近くで行列を見るのも迫力があって良いんだけど、

やっぱり地元民としてはこの豪奢な行列を丸ごと堪能させたい。

そこで、それこそ地元でも余り知られていないお勧めの場所にカブキを連れて行こうと思い立った。

「カブキ!こっち。こっちからだと山車が一望出来るんだよ」

と、ついイチたちを招くように……やってしまった。

無意識に手を握ってから、イチたちとは違う、大人の指の感触に我に返った。

どうしよう、今更手を放すなんて不自然だよな。

カブキの器用そうな長い指が、俺の指を軽く握り返す。

イヤ、カブキの指は実際器用で、それがどんな風に触れてくるかも俺は知っている。

やけに生々しく思い出してしまいそうで、慌ててその考えを頭から振り払おうとしたら、

からかう様にカブキの親指が俺の指の背を撫でた。

それだけでぞく、と体に痺れが走る。

思わず指を引きかけたが、何とか押し留め早足で案内する。

動揺が伝わらないうちに、早く到着したかった。

 

俺のお勧めの場所は山の中ほどにあり、せり出した崖のような場所から高山の町が一望できる

普段は見晴台として地元の人が休憩する場所だ。

少し大通りからは離れているため、観光客には判りづらい。

混雑もしていないし、高山祭りの山車を観るならこれ以上の場所は無いと思っている。

「へえ…」

カブキも改めて高台から見る行列を面白そうに眺めている。まずは地元民の面目躍如と言った所か。

「凄いだろう?それぞれの町から出発した山車は、大通りで集結して最後は神社に奉納されるんだよ。

ほら、またあの通りから一基山車が合流した」

だけど祭りの解説をしながらも、俺はとてもじゃないけど冷静ではいられなかった。

さっきの指の感触がまだ残っていて、ともすれば顔が赤くなってしまうのが判ったからだ。

そこで多少強引では強引ではあったけれど

「ああ、喉が渇いた。俺、なんか冷たいものでも買ってくるよ。一寸ここで待っててね」

と、俺は逆上せた頭を冷やそうと、一旦カブキの側を離れる事にしたんだ。

 

半ば駆ける様にして大通りまで戻った俺は、やっとそこで一つ大きな息を吐いた。

……まいったなあ。

久しぶりにカブキに逢えて嬉しいはずなのに、何だかまともに顔が見れないや。

深呼吸をして今度はゆっくりと歩を進める。行列からは賑やかな雅楽が聞こえてきて

その音楽に顔を上げて山車を見ているうちに、ああ、カブキと一緒にいられるのも、

この山車が神社に奉納されるまでの間だけなんだな、と少し落ち着きが戻って来た。

明日からは又、カブキは公演に戻り、俺は白川村で普通の生活に戻るんだ。

だったらこの貴重な一日を、目一杯楽しまなきゃ損じゃないか。

俺は目の前の屋台でラムネを二本買い、深呼吸をして大きく笑顔を作ってみた。うん、大丈夫そうだ。

さて、ラムネが手の熱で温まらないうちに、カブキの所へ戻らなきゃ、と思い踵を返した所で、

「お願い!助けてください!」

と両脇から腕を取られた。

 

助けてくださいとは物騒なセリフだと、思わず顔が引き締まる。

「どうしたんですか?」

と声の主を見てみたら、綺麗に着飾ったお姉さんが二人、眉をひそめて俺の腕を押さえている。

「私達この通りで山車を見ていたんだけれど、さっきから妙な男に付きまとわれているの」

「声は掛けられていないんだけど、薄気味悪くて…お願い、しばらく私たちの連れの振りをしてくれない?」

お姉さんの言葉にすばやく辺りを見回すが……そんな気配、あるかなあ。

でも、助けを求めてる女性を置いていくのも不親切だ。万が一の事でもあったら困る。

実際高山祭りではそういった手合いのヤツがいるのも事実だからだ。

「判りました。とりあえずこの通りを抜けてしまえば大丈夫ですか?」

カブキを待たせてしまうけど仕方ない。お姉さん達を隣の往来まで連れて行けば大丈夫かな。

俺がそう返事をすると、お姉さん達は「キャア」と声を上げて俺にしがみついてきた。

「ねえ、実は私達隣の往来じゃなくて、見たい出し物があったのよ」

「そこまで付き合ってくれたらいいわ。こっちに来て」

ええと、腕に、む、胸が当たってるんですけど。

付きまとわれているなら、そういう所作は止めた方が良いんじゃないのかなあ。

でも、もしかしたら連れっぽく見せるためにわざとそうしてるのかな

汗をかき始めたラムネのビンを気にしながら

半ば抱えられるようにして俺は通りを歩き出した。

 

「ええと……ホントにまだ付いてきてるんですか?」

「ホントよ。ほら、あっちにさっきから影がちらちらしているの、判らない?」

「そうですか……」

「怖いわ。お願いだからもう少し私たちに付いて来て」

どうしよう。ほんの少しのつもりだったのに、随分大通りから離れてしまった。

それに、人目が少ないこんな場所の方がむしろ危ないんじゃないかな。

でもこんな場所を抜けたいから俺を連れてきたのかも、とも思ったので黙って腕を取られるまま歩いた。

すると、思いもかけない声が背中から聞こえてきて、俺は飛び上がるほど驚いた。

「お嬢ちゃんたち、こんな人気の無い所に来ちゃァ危ないぜ」

そこには口の端を挙げて、腕組みをしたカブキが立っていた。

「カブキ!」

何で、ここにカブキがいるんだ?

俺はそこでお姉さんに両腕を取られている自分の姿に気が付いて

後ろ暗いことなんて無いのに妙にうろたえた。

「カブキって……カブキ団十郎?!」

「嘘……!こんな所にカブキ様が来てるなんて……」

お姉さん達は俺の腕を離すと、カブキに駆け寄って歓声を上げている。

「カブキ、何だってココにいるの?」

ここは高台からも、大通りからも大分離れてる。何時から見られてたんだろう?

カブキはそれには答えずに

「お嬢ちゃん達。コイツに何か用だったか?」

といささか乱暴に俺の首根っこを掴まえて引き寄せた。

「ええ、私達、祭りの会場でタチの悪いのに付きまとわれてて、とても怖かったの

人目がなくなるまで付いて来てってお願いしていたんだけど、カブキ様も来てくれるなら丁度いいわ。

お願い。私達と一緒に祭りを回って!」

ええ!この上カブキと一緒にまだお姉さんに付き合うのかなあ。

何だかカブキの好きそうな感じの人だし、カブキの事だから

下手したら俺なんか放ってどっか行っちゃうかも知れない。

つい眉をひそめて三人を見比べてしまったら、カブキは

「悪りぃな。生憎俺たちも連れを探しててよ、さっき連れと合流したもんだから、この辺で失礼するぜ」

とにこやかに言った後、懐から芝居の券を取り出してお姉さん達に渡すと

「今やってる芝居の切符だ。俺の名前を出したら楽屋まで通してやるぜ。今日の所はこれで勘弁してくれや」

と言った。

……何だコレ。

これ、俺の前で軟派されてるのかなあ。

顔が曇るのが自分でも止められない。

京で歓声を浴びているカブキの姿と、楽屋で談笑しているカブキとお姉さん達の姿が嫌でも思い浮かぶ。

お姉さん達は券を受け取ると益々顔を輝かせて

「キャア!これ、北座の公演じゃない!嬉しい!カブキ様、絶対行くわ、きっとよ!」

と言って切符を押し抱いたまま大通りの方に駆けて行ってしまった。

 

「……」

「やれやれ、騒がしいこったぜ。卍丸、お前もイチイチあんなの間に受けんじゃネェぜ」

カブキはため息をつきながらこちらを振り返った。

そうか、俺はあのお姉さん達に担がれてたのか。

そう判ってもお姉さん達に腹は立たなかった。ただ、自分が益々子供に思えて情けなかった。

それよりも。

カブキが言ってた「連れ」って誰だろう?

その人が来たから、俺を追ってここまで来たの?その人と一緒に祭りを見るために?

さっき頭をよぎった光景が再び思い返される。喉の奥が熱くなった。

ダメだ。今何か喋ったら、零れてしまう。

「……るい」

「エ?」

「ラムネ、ぬるくなっちゃった」

俺は、喉のつかえを流し込むために、すっかり炭酸も抜けてしまったラムネに口を付けた。

ただ甘くなってしまった液体が喉を通っていく。

それでもそれは、ひりつく様な喉の痛みを冷やすのには十分だった。

するとややあってカブキが

「お前なあ、こういう場所なんだからよ、あんまり隙を見せんじゃねえぜ。

色々とその……危ねぇじゃねえか」

と、妙に明るい調子で言ってきた。

「危ない…?って、どういう事?」

危ないって、何だ?

寧ろ俺はお姉さん達を守ってあげようとしていた方だし、ヘンな輩はいなかったじゃないか。

するとカブキは少し困った顔をして

「まだまだガキって事なんだよ」

と、俺の頭をくしゃりと撫でた。何だよ、子ども扱いして。

「どうせ俺はガキだよ。カブキみたいに上手いあしらいもできないし……それに」

それより俺はもっと気になっている事がある。

「カブキ、連れって誰?俺がいない間にもう誰かに声でも掛けたって事?」

そうだ。この事を確認しないと、とてもじゃないがどうにもいられない。

ああ、でも、そこに今待たせてるからよ、と言われたらどうしよう。

自分で訪ねておきながら不安で足元がぐらつく。

すると思いがけなくカブキは驚いた顔をして

「はぁ?何言ってんだよ。そんなのあいつ等をどっかにやる口実だろう?」

と返事をした。

安堵で顔が緩むのが判った。

 

なあ、カブキ、俺、少しは自惚れていいのかなあ?

カブキも俺と同じように、二人で祭りを見たかったって思っていいのかなあ。

カブキ、俺はカブキの一言で、こんなにも落ち込んだり幸せな気持ちになったりするんだよ。

多分カブキが思っているよりもずっと。

俺はカブキを取り巻く環境が変っただけで、カブキの中身まで変わってしまいそうで怖かったんだ。

でも、俺がイチ達との世界が変わっても、あいつ等をこれからも大事に思うように、

俺たちを囲む世界が変わっても、中身はずっとあのままのカブキだって思ってていいんだよな?

これからも俺は、つまらない事で悩んだり、先回りしてくよくよする事もあるんだろう。

でもカブキは、つまんない俺の悩みをいつもみたいに、くだらねェ事だと笑い飛ばしてよ。

カブキのそんな所に、今まで俺はどんなに救われたか知れない。

俺、カブキの事が好きでホントに良かった。

 

「そっか。そうなんだ。何かすっかり時間取らせちゃったね。ゴメン。

もう山車の奉納が始まっちゃうよ。今度はこっちからが良く見えるんだ。行こう」

もううっすらと夕闇が迫っていた。

気が付けば神楽の音も大分小さくなっている。そろそろ山車が高山八幡に奉納されるんだ。

奉納される時上がる「山車送りの花火」で高山祭りも終わりを告げる。

つまらない事で時間を食ってる場合じゃない。

カブキと過ごせるのも後僅かだ。

 

今度はカブキを八幡様の裏手に案内する。

ここから見る花火が水面に映って一番映えるんだ。

八幡様に提灯を灯した山車がどんどん集まってくる。

祭りの終わりはいつもどことなく寂しい。カブキとの時間が終わると思えば尚更だ。

しばらく逢えなくなるその前に、言葉に出してカブキに伝えておかなきゃいけないことがある筈だ。

話し出す機会を伺って、山車送りを眺めていたら、どん!と低い音がして、空高く花火が花開いた。

周りから嬉しそうな歓声が上がる。

俺もカブキが横にいてくれる事が堪らなく幸せに感じられて、言葉は素直に口から零れ出た。

「カブキ、俺、凄く楽しかった。でも、本当は」

ぱん、と言って又花火が上がる。花火が閃光とと共に開くと俺はカブキに向き合って

 

「高山祭りも楽しみだったけど、本当はカブキと回れるんだったら何処でも良かったんだ」

と、手紙を出す前からずっと思っていたことを伝えたんだ。

 

当たり前だろ、とか、つまんネェ事言ってんじゃねえよ、とか

そんな風に笑ってくれると思ったのに、いくら待ってもカブキからの答えは来ない。

どうかしたのかと不安になって、カブキの方に一歩踏み込み顔を覗き込んだ。

「カブキ?」

カブキは押し黙ったまま、怒ったような怖い顔をして俺を見ている。

どうしたんだろう?俺、何かカブキを怒らせるような事を言っちゃったのかな

と、急に、カブキは俺の手を掴んで、花火とは逆の方に歩き出した。

「カブキ?!」

俺の後ろで花火が又上がり、低い歓声が上がる。

でも、カブキは振り返る事も無く黙って俺の手を握り締め、早足で人ごみを抜けていく。

花火に映し出されたカブキの後姿が、白く闇に浮かび上がる。

俺はそこから目が離せない。頭の芯が痺れていく。

繋いだ手が熱くて溶けそうだ。

 

俺の手を引くのはカブキの意志だ。

だが振りほどけない程強く握り締めてはいないその手に

寧ろ縋る様に付いて行くのは紛れも無く俺の意志だ。

 

熱に浮かされたようにそんな事を思いながら俺はカブキに手を引かれて歩く。

遠くの方で又花火が上がった。

 

 

 

 

2008.8.8

 

蛇足かもしれませんがオマケがあります。

「ガキ」 カブキ視点はこちら (直接的表現あり。嫌いな方はご注意ください)

     卍丸視点はこちらです