文鳥
4.「遁走」
カブキの返事を受けて卍丸は声もなく跳んだ。
黒装束の懐にあっという間に入り込み、そのまま一閃する。
刀の背で黒装束の腹を横薙ぎに払い、男はぐぅ…と息を漏らし前に倒れた。
刃を向けていたらそのまま腹を裂かれている所だ。
卍丸はそのまま止まることなく倒れた男の右に構えていた男の背に回る。その姿を目で追うことすら難しい。
今度は背後から首筋を強く打ち据えた。これで最初の男を含め、3人。
黒装束達は完全に卍丸の動きに飲まれていた。
高く跳んだと思えばそのままスルリと懐に入り込み、息つく間もなく背後を取られる。
(これほどとは思わなかったぜ。)
カブキもやはり卍丸の動きに肝を抜かれながら、しかし愉快そうに片方の眉を上げた。
(これじゃあ菊五郎程度じゃ止めらんねぇ。コイツぁどうして、ちっとばかりこのガキを見くびってやがったぜ。
……だけどよ。)
続いて卍丸は正面の男にアタリをつけ、腰を落としながら走っていく。
「わ、わ、ああ!」
狙われた男は裏返った声を出して、卍丸に向かって無茶苦茶に剣を振り回す。
卍丸は突き出される切先を、紙一重でかわしながら男との距離を詰めていく。そして、
「…ぐ…っ」
後一歩で男を追い詰めると言う時に、男が急に膝から崩れ落ちた。
「……?」
いぶかしむ卍丸の前、崩れ落ちた男の後ろに立っていたのはカブキだった。
カブキが男の首筋に手刀を叩き込んだのだ。
「な……っ、カブキさん、こっちはいいからもっと違う相手を……」
思いがけないカブキの行動に、面食らった卍丸が声を掛ける。
「うるせぇっ!テメェ卍丸!いいか!ちっとばっかしやるかも知れネェが、俺様を差し置いて暴れまわるんじゃネェぞ!」
「……は、ハァ?!こんな時に何言って…」
「うるせぇ!!俺より目立つなって言ってるんだよ!」
言うが早いが鞘に収めた長剣を振り回す。
背後の黒装束の首筋を打ち据え、返す刀を正面の男のみぞおちに叩き込んだ。
そのまま跳びあがって二人の黒装束の間に着地するなり、その喉元を両手の長剣で左右同時に突く。
2人はここまで、まるで疾風のごとく8人の黒装束を叩きのめした。
残りの4人は完全に気を呑まれている。
(これで引っ込んでくれりゃァ良いんだけどよ。)
カブキは低く息を吐きながら4人を睨み付ける。背中合わせに卍丸が構えた。
覆面の男が怯んでいる仲間に声を掛けた。無言で通そうと思っていたらしいが、どうも余裕がなくなったらしい。
「手前ぇ等!落ち着け。アイツ等は確かにやるが、俺達を切るつもりァねえらしい!
みね討ちで俺たちを押さえようなんざ甘ェんだよ!手足の一本でも切っちまえば後はどうにでもなるだろうが!」
その声は確かに菊五郎だった。
その声に応える様に気絶していた黒装束たちも頭を振りながら起きあがった。
日はいつの間にか姿を消し、空はいつの間にか濃い紫色になっている。闇はいよいよ深くなって来た。
……まずいな。
今度は卍丸が呟いた。思ったより時間がかかっている。
このままでは夜にかかってしまう。手元も段々おぼろげになってきた。
「カブキさん」
「あぁ?」
「あなたの手下の方ですから斬る訳には行きません。かといってこのままではちょっと厄介だ」
「けっ。まだまだこんなの序の口よ。足腰が立たなくなるまで叩きのめしゃいい事よ!」
「そういう訳にも行きません。生憎俺には余り時間が無い。」
「はあっ?!」
今度はカブキが頓狂な声を上げる番だった。
何を言ってやがるんだこの餓鬼手前から首を突っ込んでおいて時間が無いとは。
上手くまとまらない頭で、しかし心中で悪態をつく。次に卍丸が発した言葉は更にカブキを仰天させた。
「逃げましょう。」
「へぇっ!?」
「あなたには悪いが俺は逃げます。半分くらいは連れて行けるかも。後は宜しくお願いします。
じゃあカブキさん。運があったら又会いましょう。」
「お、おい!卍ま……」
言うなり卍丸はあっけに取られるカブキを背後に残し、本当に闇の中へ駆けて行ったのである。