文鳥  

2.「カブキ団十郎」

「卍丸って野郎が居やがるのは、こっちの店(たな)かい?!」

一際大きな声を張り上げて、於荷屋の軒先に現れたのは役者絵から抜け出したような伊達男だった。

黄色い髪が一房混じった蒼い髪を高く結い上げて、派手な簪を挿している。

女物と見まごう派手な着物を身に纏ってはいるが、襷がけから覗かせた腕は鍛え抜かれていた。

紅く覗いた肌襦袢がひときわ鮮やかだ。腕と同じく締まった足には高下駄を履いている。

髪と同じく目も蒼い色を湛えているが、今日はその目に挑むような光を宿している。

「カブキ……団十郎……!」

店番をしていた若い使用が、その男の名を呼んだきり、へなへなと腰を落とした。

 

カブキ団十郎と言えばこの界隈でこの男の名を知らない者はいない。

この町の荒くれ者を取りまとめている若頭である。

長剣2本を自在に振り回し、何処の組を潰したの、何人のならず者を締め上げたの武勇伝には事欠かない。

気質の良くない輩もその実力でねじ伏せているのだが、喧嘩っ早いがサッパリとした男気のある気性で

その人柄に惚れ込む舎弟分も多いと聞く。

運の悪い事に先日卍丸が叩きのめした男達は、カブキ団十郎の舎弟であったらしい。

 

「俺様のカワイイ舎弟がよ、手前んトコの卍丸とやらに世話になったとかで、このカブキ団十郎様がじきじきに挨拶に来てやったぜ。

ココで大立ち回りして欲しくねぇんなら、さっさと卍丸を出しやがれ!」

目は強い光を放っているが、口元は面白そうに上がっている。

威勢のいい啖呵に飲まれてしまい、店番の男は腰を抜かしたまま口をぱくぱくさせ声を発する事すら出来ずにいた。

すると店の奥から、のそりと山のような男が軒先に現れた。

「何事だ。余りイタズラが過ぎると、このワシが黙っておらんぞ。」

「……おっと。来やがったな!テメェが卍丸か?」

男の腕は丸太のように太い。挑発的なカブキとは対照的な穏やかな口調だが、漂う威圧感は辺りを圧倒していた。

(……なぁる程。コイツは強そうだ。コイツにならアイツ等がまとめてやられたのも無理ァネェな。)

カブキは目で男の腕前をざっと値踏みした後、それでも面白そうに畳み掛けた。

「何ぁに。俺の舎弟に手を出しやがったんだから、俺様に喧嘩を売ったのと同じ事なのよ。

テメエにゃ何の恨みもネェけどよ、きっちりけじめを付けさせてもらうゼ!」

 

****************************************************

「……表が騒がしいな。何だろう。」

裏庭で薪を割っていた卍丸は、騒ぎに気が付いて手を止めた。

奉公人の卍丸は店の前に出る事はない。屋敷内のこまごました雑用や使いなどを頼まれるのが主な仕事だった。

(何か厄介ごとだろうか……。もしもの時は極楽がいるから大丈夫だとは思うが)

極楽というのは卍丸の用心棒仲間である。

卍丸が絹に対しての用心棒であるのと同じように、於荷屋全体における用心棒が極楽であった。

幼い卍丸に稽古を付けてくれたのも極楽である。

極楽は卍丸を大層かわいがった。最初は幼い子供が奉公に上がったのを不憫に思ったのだろう。

しかし寝食を共にする内に、卍丸自身の気質や、奉公に対する熱心さを目の当たりにし

一人の人間として卍丸を大いに買ったのである。

この年嵩の仲間は、卍丸に対し時には親身になって怒り、諭し、導いてくれた。

卍丸もそんな極楽に懐き、いつか極楽のように強くなりたいと、剣の稽古を精進してきたのだ。

そして今や、卍丸は極楽と並んで立派な於荷屋の用心棒に成長した。

極楽は卍丸の腕を信用していたし、卍丸も又、極楽の腕前はもちろんその采配に、絶対の信頼を置いていたのである。

 

(……それにしたって随分騒がしいな。極楽はひとりで大丈夫だろうか?)

表の方をうかがう卍丸の耳に、切れ切れに使用人たちの声が聞こえてくる。

「……卍丸が」「……卍丸を出せと」「カブキ団十郎……」

自分の名前が端々に上がっているのを聞いて卍丸は胸の内で舌打ちをした。

思い当たる節が、あったからである。

それは先日自分が叩きのめした男達に他ならない。

男達の格好は堅気ではなかった。当然意趣返しも予想していた。

あの時絹は自分の名を呼んだ。そこからいつかはこの店にたどり着くかもしれないとは思っていた。

ならば相手は1人ではないだろう。先日のような不意打ちとは違い、きっと今回は仲間を連れてやって来たに違いない。

極楽ひとりで手に負えるのか。何より店に迷惑がかかってしまう。

卍丸は表に向かって駆け始めた。

 

卍丸が於荷屋の表口にたどり着くとそこは黒山の人だかりだった。

一体何だってこんなに人が……思いながら野次馬を掻き分けて中に入る。

カブキ団十郎とは不思議な男である。

周囲にとって畏怖の対象であると同時に、目を離させない奇妙な魅力があった。

破天荒というのであろうか。カブキの行く所行く所、騒ぎが起こらないことは無い。

今回もとにかくカブキなら何か仕出かしてくれるのではないかという周囲の期待がこの人々を集めたのである。

 

卍丸が騒ぎの中心にたどり着くと、そこには案の定極楽と、見たことのない派手な男が対峙していた。

卍丸は辺りを見回した。先日自分が倒した金髪に桃色隈取の男が野次馬の中で二人を伺っていたが、

その他には仲間はおらず、男は一人のようだった。きっと大勢引き連れてくるに違いないと思った卍丸はいささか拍子抜けした。

派手な男が金髪に向かって怒鳴る。

「菊五郎!コイツがお前をやったっていう卍丸とやらじゃネェのかよ!」

「ち、違います親分、卍丸はもっと……」

極楽が落ち着いた声音で語りかける。

「ナニ。卍丸を出すほどの事でもあるまいよ。お前さんと同じでな、於荷屋の用心棒の厄介ごとはワシの厄介ごとでもある。

それとも何か?ワシでは相手に不足かな?」

その言葉に蒼髪の男が不敵に笑う。

「違ぇねえや。じゃあ遠慮なく手前からやらせてもらうぜ。卍丸とやらはその後で落とし前つけさせてやらア」

言いながら背に掲げていた長剣をゆっくりと引き抜く。

卍丸は一歩前に歩み出て大声で叫んだ。

「その必要はないよ。俺はここだ。俺が戦国卍丸だ!」

 

 

その声に野次馬達が一斉にざわめく。卍丸の周りの人だかりがさっと引いた。

蒼髪の男がこちらに目を向けた。そして卍丸を認めると驚きで軽く目を見張った。

「親分!あああアイツです!あの野郎が卍丸です!」

「……何だってェ?」

今度はカブキ団十郎が拍子抜けする番だった。

先日、自分の舎弟が5人、ほうほうの体で自分の所に泣き付いて来た様子を思い出したからである。

5人は舎弟の中でもタチのいい方ではなかった。無頼で通っている喧嘩の実践派である。

その5人が一人相手に一太刀も振るわずに叩きのめされた。

(……面白ぇな)

そう思ったのが正直な所だった。卍丸とやらを見てみたいと思った。

どれ程腕の立つ剣豪なのか、是非一太刀合わせてみたい。

勿論舎弟たちの面子もあろう。けじめをつけさせるというのはいい理由かも知れない。

そして「卍丸」という名を頼りにここ、於荷屋まで今日たどり着いたのだ。

於荷屋の奥から出てきた大男にカブキは大いに納得した。

成る程コイツならと思っていたところ、舎弟の菊五郎がコイツは卍丸ではないという。

ならば卍丸に行き当たるまでやってやるまでよと腹を括った処に思いがけない所から声がかかったのだ。

 

卍丸と名乗ったのは―――――カブキにはまだ、年端の行かない少年に見えた。

先の大男の横に並んだ卍丸は、元来背が余り大きくない所に来て益々小さく見えた。

とても猛者とは思えない、華奢とも言える細さだった。

それでも目はひたと自分を見据え、わずかなりとも視線を逸らさない。

(こんな餓鬼一人に……)

カブキの怒りは卍丸から自分の舎弟に移っていた。

こんな子供にこのカブキ団十郎様の舎弟が、なすすべもなく叩きのめされたと言う情けなさもさることながら、

この子供一人に大の男5人が掛かっていったのだというその事実が又、カブキの胸を悪くさせたのだ。

「菊五郎、テメエ、こんな餓鬼一人に5人でかかったのかよ」

言葉の意味を読み違えた菊五郎がカブキにおもねるように言う

「そうですよ。親分、あのナリに騙されないで下さいよ。あの餓鬼とてつもなくやりますぜ」

せせら笑うように極楽が言う。

「そうだろうな。卍丸は、強いぞ。お前らが束になったって敵うまいよ」

さあどうだろう、と卍丸は思う。

極楽は解っていて言っているのだろう。

あの菊五郎と呼ばれた男なら、また先日自分が倒した男達なら、いつ何時対峙しても負けない自信は、ある。

ただ、自分の前に立つこの、今にも挑みかかってきそうな目をした男には、果たして無傷で勝てるかどうか。

名前なら聞いたことがあるカブキ団十郎。

確かにこの様子からするとその噂はハッタリではなさそうだ。

覚悟してかからないといけないな、と卍丸が胆を据えた時、

カブキが刀を鞘に収め、そのまま鞘を菊五郎の腹に思い切り叩き込んだ。

「!!……ぐうっ……!」

声にならない呻き声を上げて菊五郎が地面に倒れ込んだ。

「テメエ!どんな猛者を相手にしたのかと思ったら、こんな餓鬼に5人で掛かっていきやがったのかよ!

このカブキ団十郎様の顔に泥なんざ塗るんじゃネェ!」

 

烈火のような剣幕で怒鳴りつけられた菊五郎であったが、体を折り曲げたまま痙攣させている。

もはやその声は耳に届いていないようだった。

「於荷屋さんよ、今回は俺の舎弟の方が分が悪ぃ様だ。騒がせちまったな。」

カブキはそう言うと懐から金子の入った袋を無造作に卍丸と極楽の方に放ってきた。

ちゃりん、と音がして足元に財布が落ちる。

「迷惑料だ。じゃあな」

カブキはそう言って卍丸たちに背を向けて歩き出した。

「カブキ兄さん」

その背に卍丸が声を掛ける。

「忘れ物だよ」

振り向いたカブキに言って財布を投げ返した。

これには極楽をはじめ、野次馬達も息を呑んだ。

カブキは黙って投げ返された財布と卍丸を交互に眺めている。

(ヤクザとは関わり合いにならねえって事か。なかなか鼻っ柱の強ぇ野郎だぜ)

やがて面白そうに目を細めた後、財布をまた懐に戻すと

「じゃあ言葉に甘えてこれは引っ込めるぜ。世話掛けたな」

と言って今度こそ振り向かず店から出て行った。

 

カブキがいなくなると人垣からわっと声が上がった

「お前が卍丸か?お前凄ぇな。あのカブキ団十郎相手にあの啖呵かよ」

「大体お前がカブキの舎弟をやっちまったてのはホントか?」

「まだ子供に見えるけどなあ」

「しかしやっぱりアレだな、カブキもあそこで引き下がるってのはやっぱり大物だぜ」

「アイツも無茶なようで道理をわきまえているからな」

「いやいや寧ろ卍丸相手に分が悪いと見て尻尾巻いて逃げたんじゃないのか」

野次馬達はてんで勝手な感想を言い合いながら卍丸を取り囲む。

返事に詰まりながら卍丸はそっと極楽に声を掛けた。

「極楽はわかってたんだろ。カブキ団十郎は俺には手に余る相手だって」

極楽はあごを撫でながらにやりと笑った。

「いやいや、お前も中々堂に入ってたぞ。ただ、確かにやり合うとなったらお互い只じゃすまんかっただろうよ。

わしならともかく、お前のような子供と対等となると、この野次馬の中じゃ面子もたたんじゃろう。

アイツもその辺を読んで下がったんだろうな。食えん男よ」

 

「何ですこの騒ぎは!お前達、私と旦那様が留守だからって仕事を放って何をしてるんだい?!

もうすぐ旦那様もお帰りですよ!さあ、皆散って散って!」

番頭の足元が大声をあげながら外出先から玄関に入ってくる。

それを潮に野次馬達も散っていき、卍丸と極楽も元の作業に戻って行った。

(やれやれ、これでひとまず落着したのか……?)

薪割りに戻りながら卍丸はそっと息を吐いた。

 

それからしばらくの後、やっと動けるようになった菊五郎が、誰もいなくなった店先から腹を押さえてのそりと立ち上がった。

於荷屋を覗くその目はどろりと暗く、濁んでいた。

 

 

文鳥3「助太刀」へ続く。