花 火 side カブキ
珍しく卍丸のヤツから北座に便りが届いた。
便りなんつーのをめったに寄越さネェ奴だから、何事かと少々慌てて封を開けた。
手紙には控えめに近況報告と、今度高山祭りがあるので、もし暇なら顔を見せないかと書いてあった。
「祭りか……」
誘いの内容にひとまず安堵して改めて手紙を読み返す。
ヨミをぶっ倒した後、俺様が京の北座で役者をするようになると
今まで通りそうちょくちょく卍丸に逢う事も出来なくなった。
仲たがいとか疎遠になったとかそういうワケじゃねぇ。
公演に追われる毎日と、日々上がっていく俺様の人気(まっ、当然だがな)に、
俺様が京を離れる事が難しくなったからだ。
その上卍丸が公演を観に京まで来る事が殆どねェ。
人ごみが苦手なんだとよ。っつたくコレだから田舎者は。
あの野郎ときたら、めったに顔は見せねえ、便りも殆ど寄越さねえ。
ったく、何でこのカブキ団十郎様が、たかがガキ一匹の為にこんなに気を揉まなきゃなんねえんだ。
……と、いけねえ。話がずれちまった。
高山祭りの日も、実は公演真っ只中だ。
しかし俺はその手紙を読んだ時から祭りに行く事を決めていた。
めったにねえ卍丸からの誘いだし、高山祭りみてぇなデケエ祭りは大好きだ。
卍丸の顔も見たかったが、祭りといや、アレだ。少々羽目を外した遊びが出来るってもんだ。
決まった相手がいたって、その晩限りの遊び相手を探しに出てくる女も多い。
その気が無くたって、祭りの浮かれた雰囲気でどうにかなっちまう事だってしょっちゅうだ。
手前で云うのもナンだが、俺はその手の遊びじゃあ慣れたもんだ。
始めは卍丸と祭りを楽しんだ後、キリのいいところで女としけ込むってのも悪くねえ。
早々に祭りの夜に想いを馳せると、我ながら思わず口元が綻ぶのが判った。
悪ぃな卍丸。祭りってのはそういう風に楽しむもんなんだぜ。
「おお〜中々盛り上がってんじゃネェか」
久しぶりに訪れた火多は、高山祭りで大いに賑わっていた。
普段は多くない人口が、こんなに人が住んでいたのかと驚かされるほど
近隣の村からの観光客で溢れかえっていた。
大きな山車が出番は今かとばかりに大通りに据え置かれている。
もう少ししたら出発の時間だ。
山車が出る前に卍丸とここで落ち合う事になっている。卍丸の姿はまだなかった。
ここぞとばかりに着飾った女達が幾人も通り過ぎ
遊びなれた風のいい女が、思わせぶりに俺に視線を投げてくる。
コレコレ、コレだよな。祭りの醍醐味ってのはよ。
早速誘いに乗りてえトコだが、いくら何でも卍丸に会う前ってのはマズイよな。
目の保養とばかりに通りを眺めていたら背後から懐かしい声がした。
「……相変わらずだね。カブキ。顔がだらしなく伸びてるよ」
「何だと!手前卍丸、お前が生意気にこの俺様を待たせやがるか……」
ため息交じりの卍丸の声に、いつも通りの悪態で振り返ったのだが
声の主を見たとたん、啖呵は小さくなって口の中に消えた。
俺は、卍丸を見たのは何時以来だ?
卍丸はいつも白川村で身につけている様な作業衣は着ておらず(よく考えりゃ当たり前だよな)
あっさりとした紺の浴衣を身にまとっていた。
派手なしつらえじゃあねえし、卍丸は、胸元も隙がねえ程キチンとあわせた普通の着付けしかしねえ。
だが普通なら野暮になるそれは、清潔感のある卍丸に良く似合っている。
華美じゃねえが思わず目を引くような浴衣姿だ。
いや、それよりも、コイツ、こんなに色っぽ…イヤイヤ、大人っぽかったか?
相変わらず真っ直ぐに伸ばした背筋に、細いんだがしっかりと筋肉のついた手足が
浴衣の上からもうっすら判る。
男にしちゃ華奢な肩から伸びる白い首筋がやけに目に留まった。
「へぇ……」
思わず声をあげて卍丸をまじまじと眺めると、膨れっ面をしていた卍丸の頬にさっと朱が差した。
「へ…ヘンかな…?今日、カブキと高山祭りに行くって言ったら母ちゃんが用意してくれたんだけど…」
恥ずかしいのか顔を少し俯かせながらしどろもどろに言葉を選んでいる。
へえ。あの小春さんが見立てた浴衣なのか。いい趣味してやがるぜ。
「イヤ、ヘンじゃねえよ。まっ、俺様が連れて歩くにゃあ及第点だな」
内心の動揺を悟られないように軽くいなす。
卍丸はさも嬉しそうにニッコリと笑う。畜生、そんな顔で俺様を見るんじゃねえよ。
高山祭りはジパング三大祭の一つであるのは俺も知っていた。
だが火多に知り合いでもいなきゃわざわざ見に来る事もネェ。
京に比べりゃあそう派手な祭りでもないだろうと高を括っていた俺の度肝を
高山祭りは少なからず抜いていた。
からくり人形のついた建物よりデケエ豪奢な山車が、数十基も行列を組んで練り歩く。
烏帽子や狩衣みてえな時代がかった格好の社中が、
雅楽を演奏つつ祭り行列を組んで山車に続いている。
三大祭りにふさわしい、豪華絢爛で荘厳な風景てヤツだ。
「カブキ!こっち。こっちからだと山車が一望出来るんだよ」
勝手知ったといった感じで卍丸が俺の手を引いて案内する。
久しぶりの卍丸の指の感触に、ゾクリと何かが背中を駆け抜けるが素知らぬ風を装った。
卍丸が連れてきたのは、小高い山の中腹になっていて
成る程ここからなら祭り行列も、数十基の山車も一度に見渡せる場所だった。
地元の人間しか知らない穴場であるらしく、観光客の姿は疎らだった。
「へえ…」
「凄いだろう?それぞれの町から出発した山車は、大通りで集結して最後は神社に奉納されるんだよ。
ほら、またあの通りから一基山車が合流した」
眼前からは祭りのにぎやかな音楽が流れてくる。
あの山車の上で見得を切ったら楽しそうだなどと思っていたら、卍丸が
「ああ、喉が渇いた。俺、なんか冷たいものでも買ってくるよ。一寸ここで待っててね」
と言って祭りの人ごみの中に消えていった。
……俺様独りきりか……
これは絶好の機会じゃねえのか?
早速辺りを物色する。ちっ。ここじゃ人通りが少なくて、声を掛けるにも相手がいねえ。
卍丸の笑顔がちくりと胸を差したが、ここで怯んじゃあ男が廃る。
とりあえず人が沢山いそうな大通りに向かう事にした。
「ねえ、お兄さん、もしかしてカブキ団十郎じゃあないの?」
懐手で通りを眺めていたら、早速声を掛けられる。
振り返るとそこには垢抜けた感じのいい風情の美女が立っていた。
コイツは幸先が善いぜ。
「まあな」
「やっぱり!貴方も高山祭りを見に来たの?ねえ、生憎折角の祭りなのに
連れと別れてしまって退屈していた所なの。良かったら一緒に祭りを楽しまない?」
望む所だと、女の肩を引き寄せようとしたら、女の肩越しに紫色の髪が見えた。
やべえ!と反射的に身を隠したのだが……それ所じゃねえと、慌ててもう一度覗き込む
ラムネのビンを持った卍丸の脇に、これまた着飾った女が(畜生、しかもかなり可愛い)二人
卍丸を両脇で挟む様にして話しかけていたのが見えたからだ。
卍丸は困った風な顔をしているが、やがて二人に連れられるように腕を取られて歩き出した。
おいおい、俺が待ってる(はずの)場所はそっちじゃねえだろ!
「ねぇ、どうしたの。早く行きましょうよ」
俺に声をかけてきた美女が、焦れて俺の腕を引いた。
「悪りィ。連れが見つかっちまった。折角だが又今度な」
「えっ……ちょ……ちょっと!」
慌てる女を尻目に、言って俺は卍丸を追って走り出した。
「ええと……ホントにまだ付いてきてるんですか?」
「ホントよ。ほら、あっちにさっきから影がちらちらしているの、判らない?」
「そうですか……」
「怖いわ。お願いだからもう少し私たちに付いて来て」
言いながら三人はどんどん大通りから離れていく。
卍丸を挟みつつ目配せをしていた女達に俺は声を掛けた。
「お嬢ちゃんたち、こんな人気の無い所に来ちゃァ危ないぜ」
三人は驚いて俺を振り返る。
「カブキ!」
「カブキって……カブキ団十郎?!」
「嘘……!こんな所にカブキ様が来てるなんて……」
卍丸は目を丸くして俺を見てやがるし、女達は興奮して黄色い声を上げている。
「カブキ、何だってココにいるの?」
至極当然な質問を卍丸がしてくるが、そこは詳しく語らないようにして卍丸の首根っこをひっ捕まえた。
「お嬢ちゃん達。コイツに何か用だったか?」
「ええ、私達、祭りの会場でタチの悪いのに付きまとわれてて、とても怖かったの
人目がなくなるまで付いて来てってお願いしていたんだけど、カブキ様も来てくれるなら丁度いいわ。
お願い。私達と一緒に祭りを回って!」
こんな人気の無い所に誘っておいて怖かったとは良く言うぜ、とは思ったが口には出さず
「悪りぃな。生憎俺たちも連れを探しててよ、さっき連れと合流したもんだから、この辺で失礼するぜ」
ええ〜!と口を尖らせて女達が文句を言っている。
俺は懐から芝居の券を取り出し女達に渡すと
「今やってる芝居の切符だ。俺の名前を出したら楽屋まで通してやるぜ。今日の所はこれで勘弁してくれや」
と言った。女達は切符を見ると急に顔を輝かし
「キャア!これ、北座の公演じゃない!嬉しい!カブキ様、絶対行くわ、きっとよ!」
と呆気に取られた卍丸を残して大通りの方に戻っていった。
「……」
「やれやれ、騒がしいこったぜ。卍丸、お前もイチイチあんなの間に受けんじゃネェぜ」
言って振り返ったら、卍丸のヤツは憮然として立ってやがった。
やべえ。俺が大通りにいた訳に気が付いたか。
「……るい」
「エ?」
「ラムネ、ぬるくなっちゃった」
卍丸はラムネのビンを1本俺に渡すと、自分の分に口をつけた。
涼しげなビー玉の音がカラン、と小さく鳴る。
白いのどがコクリと動き、思わず視線が引き寄せられる。
何とはなしに気まずい雰囲気が流れたので、軽い調子で俺は続けた。
「お前なあ、こういう場所なんだからよ、あんまり隙を見せんじゃねえぜ。
色々とその……危ねぇじゃねえか」
「危ない…?って、どういう事?」
心底判らネェ、といった感じで卍丸が目を丸くする。
そりゃそうだな。実際コイツはこの辺じゃ敵なしの腕前だったし、
今みたいな女の何処に気をつけりゃいいのか判るわけネェか。つまりはコイツは
「まだまだガキって事なんだよ」
言って俺は卍丸の頭をくしゃり、と撫でた。
卍丸は益々頬を膨らませて
「どうせ俺はガキだよ。カブキみたいに上手いあしらいもできないし……それに」
といって黙り込んだ。それに、何だ?
黙って言葉の続きを待つと
「カブキ、連れって誰?俺がいない間にもう誰かに声でも掛けたって事?」
とこちらを真っ直ぐ見据えて言った。
は?コイツは何見当違いな事を言ってやがるんだ?(まあ本当は半分当たってるわけだがよ)
「はぁ?何言ってんだよ。そんなのあいつ等をどっかにやる口実だろう?」
言って卍丸を見たら、俺の言葉に見る見るうちに頬を上気させてにこりと笑った。
……そういうのが隙があるって言うんだよ。
「そっか。そうなんだ。何かすっかり時間取らせちゃったね。ゴメン。
もう山車の奉納が始まっちゃうよ。今度はこっちからが良く見えるんだ。行こう」
言って卍丸はラムネのビンを持ったまま歩き出した。
一日中高山の町を練り歩いた山車は、夕闇が迫る頃高山八幡宮に奉納される。
奉納の際に、神に捧げるとかでデケエ花火が打ち上げられる。
いわば祭りの最高潮だ。
その花火が終わると、高山祭りも幕を閉じる。
ちっ。結局祭りは卍丸と回って終わっちまったな。このカブキ団十郎様とあろうものが。
俺は卍丸が買ってきたラムネをごくりと一口飲んだ。
今までの俺だったらそれこそ一晩の祭りで女を四、五人引き連れて
料亭で浴びる程酒を飲んで一晩明かしたもんだったぜ。
それが今年は卍丸一人に振り回されて、こんなお子様の飲み物を飲んでやがる。
しかも困った事にそれが……悪くネェ。
薄闇が迫る中、提灯に火を入れた山車が八幡に向かって進んでいく。
ぼう、と浮かんだそれはまるで夢の中を思わせた。
すると、どん、と低い音が鳴ったと思ったら、空で大きく花火が開いた。
わあ、とあちこちから歓声が上がる。
卍丸の横顔を盗み見たら、それは嬉しそうに空を眺めていた。
まあいいか。今日はなんだかんだ言って久しぶりに卍丸と居られたんだしよ。
と、もう一度ラムネのビンを口に持っていったら卍丸が横顔のまま口を開いた。
「カブキ、俺、凄く楽しかった。でも、本当は」
ぱん、と言って又花火が上がる。花火が閃光とと共に開くと卍丸はそれを背に振り返り
「高山祭りも楽しみだったけど、本当はカブキと回れるんだったら何処でも良かったんだ」
と、今日見た中で、一番幸せそうな顔をして笑いやがった。
畜生。
俺は京で公演をしている間、卍丸を片時も忘れた事はねえ。
正直に言えば、逢えねえからこそ卍丸の事が頭から離れなかった。
卍丸。手前はそうじゃなかったのかよ。
人の気も知らネェで、そんな嬉しそうな顔でニコニコ笑いやがって、余裕が無いのは俺だけなのか。
手前はガキだからな、こんな焦燥感なんぞ判らねえんだろう。
この俺様が、このカブキ団十郎様が
祭りだってぇのに女遊びもせずに、ガキ一人から目が離せネェ。
「カブキ?」
返事が無い俺を訝しんだのか、卍丸が薄紫の闇の中、こちらに近づいて俺の顔を覗き込んだ。
仕方ねえじゃねえか。
もう、花火なんぞどうでも良かった。
今、どんな美女よりも、卍丸一人が抱きたくて仕方ねえ。
「カブキ?!」
再び花火が上がったが、それには構わず俺は卍丸の手を引いて歩き出した。
2008.8.3